COLUMN
コラム
標準的運賃は廃止される
「適正原価」告示前の今、やっておくべきこと
国土交通省「適正原価の設定に向けた論点提示」(令和8年7月)を読む
参考指標だった標準的運賃が、法的拘束力を持つ「適正原価」に置き換わります。 単価はまだ出ていません。ですが、告示が出てから慌てて用意することになるのは、単価ではなく自社のデータのほうです。何が変わり、計算はどういう構造で、告示前の今のうちに何を整えておけば困らないのかを、 実務目線で整理します。
PREMISE
この記事の前提
- +これは論点提示の段階であり、適正原価はまだ告示されていません
- +単価の水準は一切公表されていません。本コラムでも金額の予測はしません
- +後半の数値例は架空のモデル会社の自社原価であり、国が定める適正原価の予測ではありません
参考指標が、法律上の基準になる
REPLACEMENT
標準的運賃は廃止され、適正原価に置き換わる
これまでの標準的運賃は貨物自動車運送事業法 附則1条の3に基づく告示でした。改正後は同法9条の2の「適正原価」に置き換わります。名前が変わるだけの話ではなく、性格そのものが変わります。
BINDING
参考指標から、法律上の基準へ
標準的運賃はあくまで参考指標で、下回っても不利益はありませんでした。適正原価は法律上の基準であり、下回ることが法違反となりうる点が決定的に異なります。
BOTH SIDES
受注も発注も対象になる
受注者として適正原価を下回る運賃を収受することも、発注者として傭車に下回る額を支払うことも認められません(法9条の3第1項・第2項)。「安く受ける」だけでなく「安く出す」も対象になります。
LICENSE
継続的に下回れば、許可更新に影響する
継続的に下回った場合は法違反として監査・行政処分の対象となり、さらに5年ごとの許可更新(法6条の2)が通らないという帰結につながります。ここが標準的運賃との最大の違いです。
SHIPPER
原因が荷主にあれば、荷主も指導対象
下回った原因が荷主側にある場合、荷主はトラック・物流Gメンによる是正指導の対象になります(法附則1条の2の違反原因行為)。
DEFINITION
適正原価とは何か
適正原価は「貨物自動車運送事業の適正な運営を図るための原価」と定義されています。 ここで実務上いちばん重要なのは、適正原価には利潤(事業報酬)が含まれないことです。標準的運賃には「適正な利潤」が条文に明記されていましたが、 改正後の法9条の2にはその規定がありません。
WHAT YOU SHOULD RECEIVE
荷主から収受すべき運賃=適正原価+適正な利潤
適正原価ぴったりで受注すると、利益はゼロです。 「適正原価を満たしているから大丈夫」ではなく、適正原価は最低ラインという理解が必要になります。
また適正原価は、「更なるコスト削減を行えば適正な事業運営に支障が生じる程度の水準」 に設定するとされています。安全や労働環境を削って安く受ける事業者に、 退出を促す設計思想だと読めます。
| 比較項目 | 標準的運賃(現行) | 適正原価(改正後) |
|---|---|---|
| 根拠条文 | 法 附則1条の3 | 法 9条の2 |
| 位置づけ | 参考指標 | 法律上の基準 |
| 拘束力 | なし | あり |
| 利潤の扱い | 「適正な利潤」を条文に明記 | 利潤の規定なし(原価のみ) |
| 下回った場合 | 不利益はない | 法違反となりうる |
| 示され方 | 運賃表(タリフ) | 算定式 |
FORMULA
計算の構造 — 告示は「表」ではなく「式」で来る
告示の形式は、これまでのような運賃表(タリフ)ではなく、算定式で示される方向です。示されている式は次の形です。
CALCULATION
適正原価 =
この式の読み方で押さえるべき点は2つあります。1つ目は、単価は国が定める共通値だということ。時間当たり固定費・キロ当たり変動費・時間当たり料金は、 地域・車種/車格ごとに国が定めます。自社ごとに違うのは、そこに代入するインプットだけです。
国が定める共通値
地域・車種/車格ごとに告示
- +時間当たり固定費
- +キロ当たり変動費
- +時間当たり料金
- +燃料の基準価格
自社が代入するインプット
自社の記録から拾う数値
- +総稼働時間
- +総走行距離
- +傭車に委託した運送の運賃原価
- +燃料使用量
- +実費
2つ目 — 自社の人件費が安くても、適正原価は下がりません
人件費は「全産業の労働者一人当たりの賃金の額の平均額を踏まえた」水準で設定されるとされています。 自社の給与水準を基準に「うちの原価はもっと低い」という主張は成り立たない構造です。
さらに、標準的運賃にはなかった項目が2つ乗ります。
NEW 01
輸送の安全確保に必要な経費
点検・車検・講習に加え、任意保険、ドライブレコーダー、デジタコ等も含める整理が示されています。安全のための支出を原価に織り込む考え方です。
NEW 02
事業を継続して遂行するために必要不可欠な投資の原資
人材確保・育成、労働環境の改善、BCP投資等。今の運行を回す費用だけでなく、事業を続けるための原資を原価に含める整理です。
判定のされ方 — 「継続」と「事後」
SINGLE CONTRACT
個別契約で下回っても、直ちに違法ではない
1件の運送契約が適正原価を下回ったことだけをもって違反とする整理ではありません。
CONTINUITY
一定期間、継続的に下回った場合に違法
その期間を1年とすることが論点に挙がっています。判定は事後に行われることになります。
TWO FORMULAS
収受と支払で算定式が分けて示される方向
受注側(収受)と発注側(支払)で、それぞれの算定式が示される方向で検討されています。
ここに実務上の怖さがあります。年1回の事後判定ということは、期中に気づかなければ、1年分をあとから取り返せないということです。決算を締めてから「下回っていました」では遅い。 月次で自社の水準をモニタリングする仕組みが要ります。
CASE STUDY
数値例 — 架空のモデル会社A社
以下は構造を体感するために組み立てた架空のモデル会社の自社原価です。国が定める適正原価の水準を予測・示唆するものではありません。 自社で同じ形に分解するとどう見えるか、の見本としてお読みください。
前提
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 車両 | 10tウイング 10台(うち5台は償却済み) |
| 稼働 | 月20日/1日13時間・300km |
| 燃料 | 燃費4km/L・軽油150円/L/アドブルー20km/L・120円/L |
| 人件費 | 月40万円(社会保険料込み) |
| 保険・修繕 | 各月5万円 |
| 車両価格 | 2,000万円・5年定額償却 |
| その他 | タイヤ月3万円、公租公課月9,700円、間接費月8万円(いずれも仮置き) |
| 高速代 | 1日1万円は実費として原価から除外 |
RESULT
算出結果
| 項目 | 数値 |
|---|---|
| 1台あたり月 | 稼働260時間/走行6,000km |
| 全社年間 | 稼働31,200時間/走行720,000km |
| 変動費(1台月) | 341,000円 → キロ当たり56.8円 |
| 固定費(1台月) | 償却あり873,033円/償却済み539,700円 |
| 時間当たり固定費 | 償却あり3,358円/償却済み2,076円/全社平均2,717円 |
| 1日1台の原価 | 2,717円 × 13h + 56.8円 × 300km = 52,368円 |
| 全社年間原価 | 約1億2,568万円 |
時間当たり固定費(全社平均)
¥2,717/h
キロ当たり変動費
¥56.8/km
1日1台の原価(13h・300km)
¥52,368
償却の有無で、時間単価が1.6倍違う
同じ10tウイング、同じ仕事でも、償却あり3,358円に対して償却済みは2,076円です。国が定める単価は共通なので、償却済みの車が多い会社は国単価を下回りやすく、新車主体の会社は上回りやすい構造になります。自社の車両構成を把握しておくことが、そのまま影響度の把握につながります。
原価の主役は、距離ではなく時間
13時間で150kmしか走らない日は43,844円、8時間で300km走る日は38,783円。走行距離が倍でも、時間が短いほうが原価は低くなります。距離だけで運賃を決めていると、近距離・長時間の仕事で取りこぼします。
52,368円は、最も条件の良い数字
この金額は利潤ゼロ・実車率100%・稼働20日フルという前提の数字であり、実際にはもっと重くなります。帰り荷がなければ、片道150kmでこの原価を回収することになり、キロ349円相当です。
告示前の今、やっておくと困らない3つのこと
待機・積込・取卸の時間を分けて記録し、料金として請求する
- +デジタコで「到着」と「作業開始」が分かれていないと、待機時間料の根拠が消える
- +算定式が時間ベースである以上、時間の記録精度がそのまま交渉の材料になる
- +記録の様式を変えるには現場の慣らし期間が要る。告示前に始めておくと間に合う
車両別・月別に総稼働時間と総走行距離を締められる状態にする
- +告示が出たら単価を掛けるだけ、という「器」を先に作っておく
- +集計に3か月かかる状態では、月次モニタリングは回らない
- +傭車に委託した運送の運賃原価も、同じ粒度で集計できるようにしておく
決算P/Lを「時間当たり固定費」と「キロ当たり変動費」の形に直しておく
- +国の告示と同じ形にしておけば、単価が出た瞬間に横並びで比較できる
- +運送以外の事業(倉庫・物販等)の費用は按分して外す
- +走らなくても発生する費用=固定費、走行に比例する費用=変動費(車検・修理は変動費側)
単価は国が決めます。こちらで決められるのは代入する数字の精度だけです。稼働時間・走行距離・傭車の委託額を、 告示と同じ粒度で締められる状態にしておけば、単価が出た日にすぐ自社の位置を確認できます。
OPEN ISSUES
残る論点
資料では、次の点が引き続き検討課題として挙げられています。 いずれも結論の出ていない論点であり、今後の検討で扱いが変わる可能性があります。
- +実車率50%の前提が実態と乖離しており、見直しの対象に挙がっている
- +物流効率化で稼働時間が減ると適正原価も下がる、という矛盾をどう扱うか
- +多重下請構造の末端まで適正原価が届くかは、運用上どう担保するかの検討段階
- +荷主側の措置は公表止まりである一方、事業者側は許可更新不可という非対称がある
- +下限が明示されることで、適正原価が事実上の相場として固定化する懸念。参考指標としてのモデル運賃を別途示す必要性が論点に挙がっている
まとめ
適正原価はまだ告示されていません。単価も出ていません。 ですが、告示が出てから慌てて用意することになるのは、単価ではなく自社のデータのほうです。
稼働時間と走行距離を車両別・月別に締められる状態。待機と作業を分けた記録。 時間当たり・キロ当たりに分解したP/L。この3つを先に整えておけば、 単価が公表された日に、すぐ自社の位置を確認できます。 告示を待つ時間は、準備の時間として使えます。
SOURCE
国土交通省 物流・自動車局 貨物流通事業課「適正原価の設定に向けた論点提示」(資料4)
https://www.mlit.go.jp/jidosha/content/002012606.pdf
本コラムは令和8年7月時点の論点提示に基づくものです。今後の検討により内容が変更される可能性があります。 記事中の数値例は架空のモデル会社の試算であり、国が定める適正原価の水準を示すものではありません。
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